アレクサンドリアの灯台 解明されていない世界の謎と不思議

謎・不思議

 

紀元前2世紀ごろ、ビザンティウムのフィロンは著書「世界の七つの景観」のなかで、有名な建造物を七つ挙げている。

 

それが今にいう「世界の七不思議」である。それらの建造物は、アレクサンダー大王の東方遠征以後、多くのギリシアの人々が訪れた観光地であった。

 

その一つである、「アレクサンドリアの灯台」

この灯台の高さは130メートルもあったと言われており、古代の人々どうやってがこれほどの高さのものを建造することができたのか。

 

この灯台は伝説上のものなのだろうか・・・・・


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アレクサンドリアの灯台とは

 

アレキサンドリアの灯台

 

エジプトの沖合にあったファロス島には、溶かした鉛を使用して石灰岩をつないだ三層構造をしており全体の高さが130メートルという灯台があった。

 

ここから発せられた光は、50キロ離れた海上を航行する船からも、灯台の光が確認できたと言われている。

 

最上層で石油を燃やし、その光を反射鏡で集め、海上を照らしていた。鏡には磨かれた銅が使われていた伝えられている。

 

反射させた光を照射することで敵軍の船を焼き払い、退散させたという逸話も残っている。

 

高々とそびえるこの建物は、市内の一等地を占め、アレキサンドリアを訪れる人々にとっては、いわば町のシンボルであった。

 

プトレマイオス2世が、地中海からの入港を容易にするため、そして防衛のための見張り塔として建設したとされている。

 

古代アレキサンドリアには、ユークリッドをはじめ偉大な学者が集まっていたと言われており、また、世界中の文献を集めた大図書館もあった。

 

この灯台はそんなアレキサンドリアの学術の結晶であった。

 

多くの文献、史料から、アレクサンドリアの灯台は実在していたとされている。しかし、実際はもう少し小さいものだったのではないかと考えられている。

 

なぜなら、この灯台が完成したのは紀元前250年ごろ。つまり、2000年以上も前の時代の建造物ということになる。

 

高さ130メートルというと40階建てビル位の高さである。もっと言うと自由の女神像よりも大きい。これほどの建造物を2000年以上も前の人々が作ることは可能なのか。

 

また、塔の最上層で石油を燃やしていということだが、塔の内部にエレベータのようなものがあったはずはなく、石油を燃やし続けることもかなりの労力が必要だ。

 

この灯台は796年に起きた大地震によって倒壊し、現在ではその姿を見ることはできなため、多くの謎が残されている・・・・・


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アレキサンドリアの灯台は海に沈んでいた?

 

アレキサンドリアの灯台

 

1995年、エジプト考古学省の要請により、アレクサンドリア東港に調査帯が派遣された。その調査隊は海底で驚くべき光景を発見した。

 

灯台があったとされる地点の周囲に2000点を超える彫像や建築部材の断片が見つかったのである。しかも1つ1つの彫像や部材は、けた外れに大きかった。

 

発見された彫像のうち、大きいものは推定13メートルほどの大きさを誇るものもあった。

 

数多くの巨大な彫像群は、灯台の立っていたファロス半島の東端の海底に1列に並んだ状態で発見された。これは何を意味しているのだろうか?

 

これは「灯台の一辺は36メートルあり、その周囲にたくさんの彫像が立ち並んでいたいた。灯台が地震によって崩壊した時に、彫像軍も一緒に海に沈んだ。

 

海底において彫像が1列に並んで発見されたのはそのためである」と考えられている。

 

灯台の装飾と思われる彫像の頭部も見つかっており、これは塔の頂上に立っていたとされるポセイドンの彫像の頭部ではないかと考えられている。

 

また、灯台の1階部分に用いられたと思われる石材も発見された。この石材は長さ11,5メートル、重さは40トンにもおよぶ。

 

石の断面から、もともとは倍ぐらいの長さがあったが、地震で割れたと考えられており、塔の建築部材であったと考えられる。

 

この石材は花崗岩で作られており、灯台は今まで大理石で作られていたと考えられていたので、この発見は定説を覆すかもしれない。

 

その他にもさまざまな歴史的遺物が発見されているが、そのなかには灯台の時代よりも古いものも発見されている。

 

オベリスクやスフィンクス像などの、灯台よりも古い時代のものは、もともと別の都市にあったとされている。しかし、アレクサンドリアの発展とともに、世界中からこのような芸術作品がこの地に集められた。

 

これは、価値ある歴史的遺物であるとともにアレクサンドリアが世界の中心であり、どれだけ豊かであったのかを示す貴重な証拠でもある。

 

調査で発見された、石材や彫像により「アレキサンドリアの灯台」は伝説上のものではなく、実在した建築物であると信じられるようになった。

 


 

 

アレキサンドリアの灯台はどんな形をしていたのか?

 

 

灯台は文献によってのみその姿が伝えられているため、おおよその形しかわかっていない。

 

伝承によれば、第1層は四角柱で高さ71メートル、第2層は8角柱で高さ34メートル、第3層は円柱で高さ9メートル。

 

その上にさらに円錐形の屋根があり、頂上には巨大なブロンズ像が建っていた。内部には、頂上まで通じるらせん状の通路や階段、たくさんの部屋があったとされている。

 

アレキサンドリアの灯台

アレキサンドリアの灯台の復元図

 

3層からなり、高さは130メートルに達したと伝えられている。円柱状の最上層で石油を燃やし、光の背後の反射鏡で光を集めて真央から投光していた。

 

反射鏡はブロンズでできており、古代、ブロンズはしばしば鏡の代わりに使われていた。

 

実はこの「アレキサンドリアの灯台」、実物の一部を見ることができるかもしれない。灯台は地震によって倒壊してしまい現存していないと考えられてきた。

 

今ではその跡地に「カイト・ベイ」と呼ばれる要塞が建っている。この要塞は1447年に建設された。

 

近年では「この要塞は、灯台の基礎をそのまま利用して建てられたのではないか」と考える研究者もいる。

 

地震によって倒壊した灯台の1階部分を改装して、この要塞ができたのではないかと考えられている。今では有名な観光地観光地となっており、その内部を見学することもできる。

 

カイト・ベイ要塞

カイト・ベイ要塞

 


 

 

 

アレキサンドリアの灯台は実在したのか?

 

 

アレキサンドリアの灯台に関しては様々な議論が今でもなされている。そのなかでも「この灯台は本当に実在していたのか」という議論はこの先も続けられていくだろう。

 

彫像群や石材が発見されるまでは、灯台は伝説上の建造物であったと考えられていた。しかし、1995年の調査・発見によって状況は一変した。

 

伝説に即する遺物が数多く発見されたからである。

 

石材の大きさからも、灯台はかなりの大きさであったと考えられ、伝説通り、本当に130メートルあったのかもしれない。

 

もちろん、発見された石材が灯台のものと決まったわけではないが、灯台が実在していた可能性は0ではなくなった。

 

2000年以上も前の人々が、コンクリートや鉄骨もない時代に40階建てのビルに相当する130メートルもの建造物をどうやって作ったのかはいまだに謎のままである。

 

もしかすると、古代の人々は想像をはるかに上回る知識・技術を持っていたのかもしれない。

 

発掘されたものは腐食が進んでおり、破損しているものも多い。保存のため加工を施さなければならないものも多く、発掘されても調査ができていないものもある。

 

そのため、この灯台の調査はまだまだ進んでないと言える。これから時間をかけ、さらなる調査がされれば灯台の製造方法も判明し、その存在が実証されるかもしれない。

 

調査の発展と、灯台の謎の解明が進むことを期待したい。

 

解明されていない世界の謎と不思議まとめ


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