古代核戦争 解明されていない世界の謎と不思議

 

古代核戦争

 

古代文明は核戦争で滅びた?

 

古代インドの叙事詩には、古代インドで起きた戦争に一撃で都市を消滅させるような神の兵器使われた、という記述がある。

 

その一例が次のようなものである。

「それは太陽を一万個集めたほど明るく、輝ける炎と雲のそそり立つ柱となって巨大な死をもたらす鉄の稲妻と呼ばれる未知の兵器だった。(中略)死体は見分けがつかないほど焼きただれ、髪の毛と爪は抜け落ちてしまった。器は外から力を加えないのに壊れてしまった。鳥は白くなっていた。数時間後、食べ物はすべて腐ってしまった。」(マハーバラータより)


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こうした記述は現代の核兵器を思わせるものだ。通説では、これらの神の兵器はあくまで古代人の空想の産物に過ぎない、ということになっている。

 

ところが、1970年代、叙事詩が伝わったインドの地で、実際に古代核戦争があった事の証拠になるかもしれない遺跡が発見された。

 

とある調査隊がインダス文明の遺跡として有名なモヘンジョ・ダロを探査していたとき、現地人から「ガラスになった町」の事を聞かされた。

 

そこはモヘンジョ・ダロの一角にある半径400メートルほどの平原で、大地はガラス状の物質で覆われていた。

 

古代核戦争

モヘンジョ・ダロ

 

それは岩石が高熱で変成してできる物質で、従来は核実験場の爆心地からしか見つかったことがないものだ。

 

インダス文明は紀元前2600年ごろから始まる。この文明の担い手たちはそれまで何もなかったところにいきなり高度な都市計画に基づく都市を次々と建設した。

 

ところが紀元前1800年ごろ、それらの都市は放棄され、インダス文明そのものが地上から消滅してしまった。

 

モヘンジョ・ダロからは火災の跡や埋葬されないまま放置されたと思われる人間の遺体も発見されている。つまり、インダス文明は突如として現れ、突如として姿を消したのである。

 

この奇妙な状況も、核エネルギーを操るほどの高度な文明を持つ何者かが、インダス川流域を訪れて都市を建設し、その後に核戦争で滅んだとすれば説明がつく。

 

古代インドの叙事詩もインダス川流域で実際に起こったことを基に作られた、という意見まである。

 

また、古代に核戦争が起こったことを示す遺跡はトルコにもある。トルコのカッパドキア地方には、古代人が岩石を掘って作った巨大な地下都市の跡が残されている。

 

これは核戦争を逃れた人々が作ったシェルターなのではないかと考えられている。


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真相は・・・・・

古代核戦争

 

モヘンジョ・ダロでは遺跡発掘のために訪れる考古学者や世界遺産を一目見ようとやってくる観光客が後を絶たない。

 

そのなかで「ガラスになった町」を見たという者は、後にも先にも前述した調査隊だけである。

現在、モヘンジョ・ダロとその周辺は、現地に行かずともグーグル・アースで上空から見渡すことができる。

 

そこには半径400メートルに及ぶようなガラス状の物資で覆われた平原など全く見ることはできない。つまり、この「ガラスになった町」というのは調査隊のほら話である可能性が高い。

 

1970年代当時、インダス文明は謎に包まれており、このような奇説が発生してもおかしくない状況であった。

 

現在では、インダス文明が突然出現したわけではなく、先行する文明の延長線上にあったことも、都市が突然放棄されたわけではなく、徐々に衰退し滅びたこと、その要因も学術的な研究により明らかになっている。

 

カッパドキアの地下都市については、そもそもそれらが作られたのはインダス文明よりもはるか後の時代である。

 

この遺跡を作ったのは、ローマ帝国の弾圧に苦しむキリスト教徒であった。

迫害から逃れるために、山を掘りぬいて住居にしたのがその始まりで、その後もイスラム教が盛んになってからは異教徒から身を守るためにさらに発展していった。

 

つまり、この遺跡を作った人々が逃れようとしていたのは核爆弾ではなく、弾圧であった。古代核戦争説を裏付ける資料は見つかっておらず、どれもが根拠のない推測である。

 

叙事詩に出てくる「神の兵器」に関する記述も、古代人の考えた空想上のものと考えるのが現実的である。

 

世界には、まだまだ解明できない謎や不思議なことがたくさんあるのかもしれません・・・・・

解明されていない世界の謎・不思議まとめ


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